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2012年9月1日土曜日

歴史のうら・真実


あとで、解説したいと思います。後追記


戊辰戦争の真実

西郷と勝は外国の侵略に備えて国力が減じる内戦を絶対回避する阿吽の呼吸武士道の以心伝心で江戸城を無血開城したが、後に新政府の要職に就く薩長の欧米スパイはすでに必ず内戦を起こすよう指令されており、その内戦に乗じて欧米諸国が特に武力ある強敵として警戒する水戸藩と会津藩を完膚なきまでに錦の御旗で叩くようフリーメーソンから密命を受けていたので、内戦を避けよという西郷の制止を無視して江戸の真ん中で虐殺略奪の戊辰戦争をおっぱじめたのである。
会津に攻め入って略奪虐殺を働いたのは巷間伝えられる長州兵ではなくじつは戊辰戦争を強行した薩摩藩の大久保と黒田の指揮する忠も孝も無い薩摩兵であった。西郷に叛旗を翻したこのふたりは長州ファイブと同じく武士道無き欧米(イギリス)スパイである。
長州藩土佐藩にはすでに高杉晋作も坂本龍馬も亡く、残虐欧米に仕込まれた両藩の戊辰戦争での武士道のかけらもない残虐ぶりは会津で欧米スパイ薩摩藩が働いた残虐無道と寸分違わぬものであった。
この戊辰戦争こそ欧米の死の商人無慈悲無道のフリーメーソンが日本に深く潜入して最初の活動成果を得た「戦争」である。

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