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2011年5月21日土曜日

思い出


NHKの朝の連続ドラマを観ていて、母の人生の初期を感じ入っています。
本名は、黒須仙子。 子供ながらに、センコのなまえをもて遊んでいました。
なにもセンコとか、煎餅屋のセンコとか。(写真右は、昭和17年とのこと) 

3年前の2008年3月4日に、ちょうど90歳で他界。
父との結婚前は、教師をしていました、女学校、師範学校(現埼玉大学・教育学部)、実家はすべからく教育系で、父親も教師でした。

私は、異端・異種系のようです。
40歳前後から、短歌、俳句を好み、良く大学ノートに書き込んでいました。

当中学時代、国語の短歌提出で、母の盗作を出し、えらく褒められましたが、担当の先生から疑られたようです。
また、秋葉原駅ちかくに買い物に出かけた際、男の人からお茶を誘われたと、のろけられ唖然とした思いがありました。

子供の頃から、4文字熟語を言い、しつけの一部にされました。

中学時代当方は、勉強が嫌いで、生来のなまけ性でこの母に言われました。
学習はしなくてもよいが、本だけはなんでも読みなさいと。 英語には理解があり、当時神田・美代町にあるYMCAに受講に行きました。

ところで、ドラマのなかで、良い先生とはと主人公が悩む場面があります、戦時下の真っただ中の教育者の姿でしょう。
答えは、恐らくドラマチック・出来事を生徒と共有できる先生でしょう。

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